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*主題1/ 2人の私の夢


 その夢を見たのは、ほとんど目覚める直前だった。携帯電話の、曲名も知らない曲が、水の中で聞くようにぼんやりと聞こえてきていた。それは音がけたたましいという理由だけで目覚ましに設定している曲で、だから朝なのに違いなかった。私の視界は、夢の中と現実を行き来していて、夢は色を持って生き生きとあらわれ、現実はまだ薄い灰色のシーツに、ぼんやりとそれが感じられるだけだった。
 私はタクシーに乗っていた。といっても、もう家の前に着いていたから、あとは降りるだけのようだった。今暮らしている家ではなく、2年ほど前に暮らしていたワンルームマンションで、今でもたまに通りかかるところだ。夢のことだからか、タクシーの中にいるにもかかわらず、私はタクシーが家の前に停まっている、その姿が見えた。黄色い車体に赤いラインが入っていて、よく見るタクシー会社なのに違いなく、マンションの前のバス停に停まっていた。
 始め、一人なのかと思っていたが、そうではなかった。隣に誰かがいた。酔っ払った様子で、座席にだらしなく寄りかかっている。
―そうだ、彼女を家まで送ってきたんだった。
そう思った次の瞬間には、夢の中ではたいていそうであるように、私はそれが誰であるかすぐに理解した。それは私だった。私が私を介抱しているのだった。
―夢の中で?
そう、それは確かに起きる間近の夢の中のはずだった、なぜなら私の頬には、枕カバーのタオル地の感触が感じられたし、頼りないささやきにせよ、目覚ましの音が聞こえていたから。
駆け足で逃げていく子どもたちのように、夢の残りはぱらぱらと散らばっていき、私の意識は、目覚めようとしていた。けれども、夢の中の私は、隣で機嫌よく酔っている女の肩に、介抱しようと手をかけている。その身体は、波を打つ長い髪が私の肩にかかるほどに間近で、酔った女の肩は重かった。お礼を言いながら振り向いた女の顔は、化粧をした自分の顔で、それが私に向かってほほえんでいた。長く眉を引き、人工的に伸ばされた睫毛が目の周りをふちどっている、そして、ピンクの口紅を塗った唇はほほえみの形にうっとりと開いていた。


 目が覚めてから、これが悪夢というものなんだなとぼんやり思った。



*主題1のフーガ/ 人喰虎オルガン


 こんな玩具(おもちゃ)の夢を見た。


それは、たぶん木でできている。帽子をかぶった男の人形が横たわり、その上に虎が覆いかぶさっている。虎はいまにも男の喉を食いちぎろうとしていて、男の手は虎を押し戻そうとしているように、持ち上げられている。ちょっとホラーな眺めだけれど、そう心配することはない、そんなに精巧な造りじゃない。男の顔なんか、つるんとした卵の表面に、取ってつけたような三角の鼻がつき、目と口はかなり適当に書かれている。昔の絵なので多少不気味ではあるが。虎は虎のくせにヒョウ柄のように書かれていてなかなかかわいらしく、獰猛というより、主人にじゃれつく大型犬のようでもある。真ん中に横線が入っていて、たぶんそこを開けると、中にオルガンのキーが入っているのだろう。そういうおもちゃなのだ、たしか。


 目が覚めてから、そのおもちゃの写真をどこで見たのか思い出そうとした。一生懸命考えたけれども、しばらく思い出せなかった。