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*女友達1
 

友達とトイレで会った。鏡越しに、見知った顔が「あ」と、ちょっとした驚きを形作るのが見える。「ここ、いい?」といって彼女は歯磨きをはじめた。昼休みなのだ。
 昨日のメールの話だけどさ、と彼女、結局あの子も悪いんよね、彼氏に強く言い切れんのやし。
 ああ、うん。
 油浮きを直しながら、適当な相槌を打つ。付け加え。でもさ、ああいう場合はやっぱり彼氏が悪くない? 結局浮気じゃない? あれってさ。
 歯ブラシを動かす音。髪を押さえる手つき。会話の内容。相手が誰であっても、それほど変わらないなと思う。
 お互い鏡を見ながらの会話。間延びして、いつも、結論までは行き着かない。「結局」というほどの収束はしていない。だからすぐに話題が変わる。
「ねえ夏は下地って使う?」
「いや使わないかも。夏は日焼け止めだけかも」
「うーん油浮きするんだよね、日焼け止めのせいじゃないかって思うんだけどなー」
「あーそうかもね。あれ油分多いもんね」
「ファンデは? 日焼け止めできるやつ?」
「SPF15だけど。でもだめだよ、下地もさーちゃんと日焼け防止のやつじゃないと、ほら三月あたりからもう紫外線対策しなきゃって言うじゃない?」
 返答しながら口紅を引く。最近使っているのは先がチップになっているので塗りやすい。口を開いていたって平気だ。化粧直しは、これでおしまい。


「じゃあもうあたし戻るね」
「あとでねー」



*男友達1


 天神で金曜の夜に夕飯を食べようと思ったら、予約をするか早めに出るか、とにかく何かしら手を打っておくべきじゃないか、と思う。それは、たしかに映画のチケットから待ち合わせの場所まで相手に手はずを決めてもらった私にも責任はあるけれども。
 それでも、最初に駅付近の建物に入ったときは、いろいろ選択肢もあって、フードコートはそれほど混んでもいなかった。それでつい欲張っておいしいものでも、と思うからこういうはめになる。2、3度は友達づれで入ったこともある飲食店を4軒続けて断られたときには、ピンヒールを履いた足もいいかげん悲鳴をあげようというものだ。こんなとき一人なら、うどん屋かファストフードにでも入るか、それこそ地下鉄に飛び乗ってそのまま自分の家に帰っているところだけれど、相手の男がいるとそうもいかない。困った顔で「ああごめん、おなか空いたよね、次の店は空いてるといいけど」なんて言われるのも度を越すと腹が立つ。こちらがあまり面倒くさそうにしていると心証も悪くなる。悪循環だ。
 妥協して入ったつもりがコース料理を出すフレンチ・レストランだったのは、今日一番のアンラッキーだった。朝刊の「今日の運勢」でも見てくればよかった。たぶん「家でじっとしているのが吉。フレンチ・レストランは凶」と書いてあっただろうから。
 朝刊なんか読まないけど、と自分のつまらない冗談につまらない落ちをつけて、ナイフを動かす。不器用だからナイフやフォークを落とさないか、大きな音を立てないかと気をつかわないといけないのもいらいらする。定食だったら、よかったのに!


「女の子はそういう失敗ってなくない?場がすごいもり下がるとかさ、」
 箸を使わないで食べる料理なんかこの世から消えてなくなれ、と念じる私の前で、目の前の男友達は合コンの失敗談を述べ立てている。笑いながら相槌を打つ。
「いやだ先輩、そんなことないですよ。だいたい、誘われることだってそんなにないですもん。周りの子だってコンパとか企画する子いないし」
 話しながら、テーブルの端に置いてあるケータイをちら見する。四十分! 注文してから、メインの肉料理が来るまでにかかった時間が四十分だ。デザートまであるんだから、あとどれくらいかかるんだろう? 三十分くらいかな…とにかく、予定していた映画の時間には間に合わないだろう、それは間違いなさそうだ、と思う。
 食べなれないコース料理の肉は柔らかく、ソースは複雑な味がしたけれど、いろいろ気にかかることが多くて味わう余裕がない。今だって、照明が明るすぎるのが、なんとなく落ち着かない。しまったな、大名あたりの店だとこんなに照明強くないんだけど。この明るさだと、ケバく見えるだろうな。ファンデは崩れてないだろうか。肉料理の後だから、口紅が落ちているのも気になる。これはまあ、食事が済むまでは、しょうがないか。
次が来るまでもう少し時間がかかりそうですよね、と、相手の顔をうかがってみる。相手の顔には「なんとか彼女の機嫌を損ねる前に店が見つかってほっとした」と書いてあった。悪い反応じゃない。私もにこりとほほえみを返す。素敵な等価交換だ。


「すみません、ちょっとお手洗いにいってきますね」